ヨガのお話(13)【アシュターンガヨガ 9】

【第八段階 Samadhi (サマーディ)】

最終段階のサマーディはヨガを行う人々の最終目的地です。

「この状態では、身体と感覚は眠っているかのようにくつろいでいるが、心と理性の働きはあたかも目覚めているかのように敏捷である。」(『ハタヨガの真髄より』)と表現されますが、その実情は言葉では言い表わすことが出来ないと言われます。

 

一番初めに戻りますが、Yogaの意味は『つなぐ』でしたね。何をつなぐのでしょうか?
五官に始まる感覚器官‐からだ‐感情‐心‐本当の自分。
繋ぐ先にみるのは、真の自由。幸せへの道。

ヨガのポーズを通して、外から自己鍛錬(自己をコントロール力)を重ね、呼吸と瞑想で内から自己鍛錬を重ねる。
そうした自身との対話を通して、”本当の自分を知り、本当の自身の幸せを見つける”。
約5000年もの間、ヨガが人々に愛され、継承されつづけてきたのは、今も昔も人は皆”幸せ”を追求するからではないでしょうか。

私たちはみんな”幸せ”でありたいと願いますが、具体的にその”幸せ”って何でしょぅ?
愛、経済力、学び、健康、ステータス、名声、自由、欲望を満たすこと、絆。。。などなど。。。
人によってその形は様々かと思います。

そこでその真理を表わすのに、下の面白いお話があります。

☆ある人が言った。「車が欲しい。車さえ手に入れば幸せだ。」
ようやくその実現の時が来た。彼/彼女はついに夢の車を手にした!とても幸せだった。
そして次の瞬間すぐに新たな欲望が込み上げた。「今度は家が欲しい!」と(笑)

→→→幸せは外にあるのではなく内にある。幸せをもたらしてくれるのは私たちの心。満足を知る心である。と教えてくれるストーリー☆

欲望とは決して尽き果てることがなく、波のように訪れる。常に意識が外へ向いていると、そこには競争があったり、比較があったり、欲望があったりと心のストレスは尽きないけれど、一度自分自身の内を見つめ、”自分はこのままの存在にして満ち足りている”ということを意識するだけでも、本当に大切なものを感じやすくなるのではないでしょうか。もちろんそれでもなお幸せの基準は10人10色かと思います。

”真の幸せ”を考える際、ヨガでさらにこんな言葉と出会いました☆

「本当のものと嘘のもの、永遠のものと一時的なもの、善行と享楽との違いを知恵と判断によって識別することのできる者は、幸福である。
本当の愛を知り、この世の創造物のすべてを愛することのできる者は、さらに幸いな人である。
他人の幸福のため、本当の愛の心で利己心を捨てて働くことのできる者は、いっそう幸いな人である。
このいつかはなくなってしまう身体の内に、知識と愛と無私の奉仕を結合させた者は聖者となる。彼に会う人はみな、心穏やかになり、浄化される。

心は感覚を支配する。心と感覚、思考と理性を支配できる人は、内なる光を有している。」

どんな事を求める時でも、結局はそれが幸せに通じるか不幸に通じるかは全て自分自身にかかっている。その事象をどう受け止めるか。そこに掛かっている。
全ての出来事は学びであり、Everything happens for the best.なのですよね。
そのために、昔から多くの聖者や修行者たちは、心をコントロールするのは難しいから、その心と体の繋がりを自然に理解していた彼らは、先に制御が簡単な体や呼吸をコントロールすることで、その内にある心をコントロールしようと、様々な練習を重ねてきたのですね。

その全てを私たちが行うべき、というよりは、その目的の矛先、学びの姿や探究心に多くを学ぶことができるのではないでしょうか☆

もしも、今現在、何か心に物足りなさを感じている方がいらしたら、まずは自己を知ることから始めてみるのもひとつかもしれません。
と言われても、自己を知るって何?と思われるかもしれませんが、例えば身体を動かしてみることで、「私ってこんなに体固かったっけ?」と何か発見があるかもしれません。心と体は繋がっているので、体がほぐれれば、徐々に心もほぐれ、気付けば何か先に繋がるヒラメキが訪れるかもしれません☆ヨガは直観力も高めてくれます。

皆さんがより幸福度の高い人生を送られることを心より祈って、2013年最後の投稿とさせて頂きます。

今年も一年、誠にありがとうございました(^o^)/

皆様、どうぞ素敵な新年をお迎え下さい♪♪

Have a happy holiday and wonderful new year!!

flower

ヨガのお話(12)【アシュターンガヨガ 8】

【第七段階 Dhyana(ディヤーナ)】

「水が容器の形によって、その形を変えるように、心も考えている対象によって、その形を変える。
油を一つの容器から他の容器へ移す時、一定の量を続けて注がねばならない。このように集中という流れが中断されない時に起こる状態がデヤーナ(瞑想)である。」(『ハタヨガの真髄より』)

この言葉に集約されているのは、思考の対象によって心に変化がもたらされるので、いつもその思考の先には”崇高な対象”を持とうということではないでしょうか。引き寄せの法則でも言われるように、その対象が良いものでも、悪いものでも、思考は現実になる。その思考を自身に引き寄せる。という宇宙の法則がこの世の中には実際にあると思います。
であるならば、いつも思考にはポジティブなものや自身の夢やゴールを描いていたいですよね☆

時に疲れや外的要因によってポジティブな思考が難しい時もあるかもしれません。そんな時こそまたヨガはその助けに一役買ってくれるのではないでしょうか。その時によってそれが、ポーズであったり、呼吸であったり、瞑想であったり、生活習慣の見直しであったり。その形は様々かと思いますが、ヨガにはポジティブな態度に向かうためのヒントがいっぱい詰まっています☆

ぜひ、ヨガは難しいものと敬遠せずに、その中の多様性に触れて見て下さい♪ きっとその先に楽しさ、奥深さ、喜び、新たな発見が広がっていますよ☆

 

water

ヨガのお話(11)【アシュターンガヨガ 7】

【第六段階 Dharana (ダーラナー)】

「アサナで身体を鍛え、プラーナーヤーマで呼吸をコントロールし心を精錬し、プラティヤーハーラで感覚をコントロールできるようになると、次の段階ダーラナーに入ります。ここでは、ひとつの仕事に完全に集中し、ひとつの事物と完全に一体になるという状態を目指します。」 (『ハタヨガの真髄より』)

このように聞くと、とても凄いことであると感じられる方も多いかもしれませんが、私自身はこれは多くの方が多かれ少なかれ体験されているのではと感じています。

何か大好きなものごとを行っている時に、時間も我をも全てを忘れて没頭したような経験はありませんか?私の場合はヨガもそうですが、音楽やダンスやバスケットボール、そして自身の仕事が好きで、これらを行っていると時間の流れを感じず、そして行っている間は無心で没頭していることがあります。

このDharanaを極めているのが世の中のあらゆる業界のプロや職人、芸術家なのではと私は思います。なぜなら彼らの成す仕事は彼ら自身と一体となっており、その創作物は真の美しさと感動を放っているからです。そこには彼らの純粋な魂、愛情、情熱が込められているのだと思うのです。その心の状態こそが、この第六段階のダーラナーが教えていることなのではと私は理解しています。

~これまでに解説して参りましたヨガのお話、そしてこれから先のお話、どれについても、皆様それぞれの思い・学び・理解があるかと思います。どのように理解するか、どのように自身の学びに繋げるかも、全ては個人に委ねられているのだと思います。しかしどんな場合であっても、それらが愛情ある方向に向かうことをいつも心に願っています。~

ヨガのお話(10)【アシュターンガヨガ 6】

【第五段階 Pratyahara(プラティヤーハーラ)】

Pratyaharaとは”制御、抑制、切り離し、退却”を意味します。この前のステージであるPranayamaにて、呼吸をリズミカルにコントロールすることで、このステージでは、周囲の状況によって気を散らされることなく、感覚を内側に向け、感覚や欲望に支配されずに、感覚がコントロールされるようになります。

この段階では、練習者は厳しく自分自身を省みて分析するようになります。自分自身を以下の3つの性質【①サットヴァ(善の性質)②ラジャス(活動の性質)③タマス(暗闇・抑制の性質)】のバランスによって診断し、より寛大で自己コントロールが可能なサットヴァの性質の向上に努めます。

B.K.S.アイアンガー師は人の心を以下のように述べています。「心とは、束縛をもたらすものにも開放をもたらすものにもなりうる。欲望の対象にとらわれている時には心は束縛をもたらし、その対象にとらわれない時には心は解放をもたらしてくれる。何かを欲したり、悲しんだり、何かにとらわれたりする時は、束縛された心であり、欲望と恐れがなくなった時に心は純粋になる。」と。

どのようにして欲望を止めるかを知って行くことで、安らかな心で生活することができるようになるのですね。

”あるがままの状態で喜びを感じる”

そんな心のありようへの過程とも言えるような気がします。

 

 

参考文献:『ハタヨガの真髄』By B.K.S.アイアンガー

ヨガのお話(9)【アシュターンガヨガ 5】

【第四段階 Pranayama (プラーナーヤーマ)】

Pranayamaとは呼吸のコントロール(呼吸法)のことをさします。それは呼吸の科学であり、生命活動の中心軸のようなものであります。

「Prana=呼吸、息、生命、エネルギー。ayama=長さ、伸ばす、制止。」をそれぞれ意味します。

呼吸のコントロールは以下の3つの過程より構成されています。
1. 吸気(プーラカ)
2. 呼気(レーチャカ)
3. 保息(クンバカ)

ヨギの寿命は日数ではなく呼吸の回数で計られると言われます。深いリズミカルな呼吸が、呼吸器を強め、神経系を鎮め、渇望を減らすとされるのです。しかし、正しく行われないと副作用を引き起こしかねないともされます。個人の能力と身体の限界に合わせて、ゆっくりと段階的に進めて行く必要があるのです。

「静かな心を育むには、まず呼吸を整えなさい。なぜなら、呼吸がコントロールされると心が安定し、呼吸が乱れると心が乱れてしまうからである。だから、何ごとかを始める前に、まず呼吸を整えなさい。気分が落ち着き、心が静まるだろう。」と17世紀の神秘論者のカリバ・エッケンは述べています。

ヨガの本来の目的は心をコントロールし、平静にすることなので、呼吸をコントロールするためにPranayamaを学ぶのです。