今朝、親友から「今朝、母が他界しました。」という連絡を受けた。
幾度もの心臓の手術を乗り越え、つい先日、昔と変わらぬ屈託のない笑顔と、一言その声を聞いたら心底元気が湧いてくる明るい笑い声に触れたばかりなのに。
小学校1年生からの付き合いの親友と親友の母。
気づいた時には、私自身にとっても実の母のような存在になっていた。
小さな頃は引っ込み思案、ものごころついた頃から家族にも周囲にも敬語を使うちょっと風変わりな私を、いつも明るい笑い声で迎えてくれた温かい温かいひと(母)。
小学生か中学生のある日のこと。
親友の家を一人たずねると、まだ親友は帰宅していなかった。
「どうぞ、どうぞ、入って待ってて」
というお言葉に甘え、待っていながらすっかり眠ってしまった。
そして、目が覚めてもまだ親友は帰ってきていなかった中
そのまま夕食をいただいていた。
私と親友の母と父。夕食を食べていたところで親友が帰宅。
その時の親友の驚きの顔と笑顔も忘れられない。
本当に心地よい場所。
決して人に甘えることのできなかった私が
ありのままの自分で心安らかに過ごせる場所。
それが親友の家(家族の居る場)だった。
中学生になり、思春期を迎えた時でも
親友の家はわたしにとっての安らぎの場だった。
本当に本当にかけがえのないひと
笑顔が忘れられないひと
明るい笑い声が忘れられない人
今日、そんな親友の母との思い出に浸って過ごした。
一通り涙を流した後
ふと気づいた。
「あ。近くにいてくれているな。」
と。
この感覚は、大好きな祖母がなくなってしばらくしてから。
そして、昨年大切な人と愛犬Taroをなくした時、体験した。
大切で、思いが強ければ強いほど、そのひとなきあと
そのひとたちをとても身近に感じる。
笑顔が見える。
そう、不思議とその顔はどれもみな「笑顔」なのです。
今日も親友の母の笑顔にいっぱい会えました。
物質的には会えなくてとてもとてもさみしく悲しい。
けれど、心ではとっても近くにいつでも感じられる気がする。
そんな感覚が私の大きな支えとなっている。
大切な大切なひとたちに、改めて心からの感謝の気持ちを込めて。。。